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福島県・南相馬へ4 ■夜空に咲く、138の花

2011年08月30日 04:29

※時系列が無茶苦茶なのですが、このお話は早く書きとめておきたいので
先に書きます。先週末、3度目の南相馬へ行った時のお話。



南相馬市原町区萱浜(かいはま)。
ここは3月11日、津波で大きな被害に遭った場所です。
その萱浜で8月27日、鎮魂の花火が打ち上げられました。

死者・行方不明者数と同じ138数の発がメイン。
この花火を打ち上げるために、早くから南相馬でボランティアをしている方が
以下のブログで花火資金の提供を呼びかけました。


http://warriors311.blogspot.com/2011/08/blog-post.html
↑以下の私の記事は読まなくても、この記事はぜひ、読んでいただきたいです。


このブログを知る一週間前、私はある写真展へ行きました。
この記事にも書いた「Signー写真家たちの311ー」です。
その時の感想記事に、私はこう記しています。



これは私の勝手な印象ですが、渋谷さんの写真には、
迷いという名の優しさと、向き合うという名の愛が詰まっているような気がします。
それは、きっと写真を撮られる側にも見る側に伝わっていると私は思います。
その証拠に、渋谷さんが撮影された被災地の方々の表情は
どんな悲惨な一面の瓦礫写真よりも、何よりも
今回の震災を忘れてはいけない、日本を大事にしたい。
そういう気持ちにさせるような表情だったからです。




この時に書いた「被災地の方々の表情」それこそが実は
上記ブログに書かれている、上野さん達消防団の方々のお顔だったのです。
しかもさらに半月前の7月下旬。
私はそれと知らずに上野さんのお家の前を通り、
消防団の方々のお話を、お焼香に行かれた友人から耳にしていました。
その内容は、今から考えれば渋谷さんが話してくださった内容と同じでした。

でも、これらの偶然は、上記ブログ内容を友人に紹介してもらった時に
初めて一致したものです。

とても不思議な縁を感じました。
それと同時に、渋谷さんが撮った消防団の方々の表情がずっと
頭に浮かび続けていました。
「138発の花火を打ち上げるのに、私も協力したい」
「あの写真の方々が喜ぶ顔を見たい」心からそう思い、
ブログを教えてくれた友人と共に、企画者さんに資金提供を申し出ました。


*****************************************



8月27日(土)、鎮魂の花火当日。

私のワガママを聞いてくれた、
地元福島のボランティア仲間が、花火の企画者さんを紹介してくれました。
そして、当日の花火会場のお手伝いもさせていただけることになったのです。


会場である上野さんのお宅についてから、まずお焼香をさせていただきました。
お焼香を終え、顔をあげるとそこには、「Sign」で見た渋谷さんが撮った写真が飾られていました。
そしてそのすぐ近くでは、その写真に写っている消防団の方々が
明るい笑顔で、元気な声を出しながら花火の準備にとりかかっていました。
とっても心が熱くなったのを覚えています。


それから生え放題の雑草や、まだ屋根瓦やガラスが大量に残る会場を
集まった方々とキレイに掃除した後、
炊き出しブースと共に、設営された露店でポップコーンづくりを行いました。

この日は、あくまで鎮魂の意を込めた花火であり
お祭りではありません。
なので、やってくるみなさんは、基本、津波の被害に遭われた、
まさに会場近くに住まわれていた方々だけです。
その他、関係者外の不特定多数の人にはこの花火は告知されておりませんでした。
静かに津波被害者の方々を想うためです。


夕暮れ時、少しずつ集まってくる地元の方々が
3.11あの日まで、そこにあったはずのお家を静かに眺めているのに胸が痛みました。


そんな中、18時40分頃、死者・行方不明者のお名前が
一人一人ゆっくりと読み上げられました。
なるべく、心に刻むように反芻しながら聞きました。
そしてその後、1分間の黙祷。
すべての灯りを消し、19時になったその時、
花火が打ち上げられる音がすぐそこの浜から聞こえました。



その瞬間、真っ暗な空に広がる明るく美しい大輪の花。
想像以上にそれは大きく、美しいものでした。

その後も、丁寧に花火は打ちあがり続けました。
花火大会の花火は、まとめて何発も連続で上がるものが多いですが
鎮魂の花火は、まるで死者の魂を愛おしむように
一発一発が静かにゆっくりと打ち上げられていきました。
大きい花火が大人で、小さい花火は子供だったのかは定かではありませんが、
それらが、津波の被害にあった方々一人一人だと思うと、
自然と涙が出ました。

周りを見回すと、遺族の方々が涙を流しながら
花火をただひたすら見上げていました。


これまで見たどんな花火より、美しく儚く感じました。
花火は、その派手さや大きさを問われることが多いですが
この時初めて、それだけではないのだと気づきました。
打ち上げる人々の想い、そしてそれを見る人々の気持ち。
それによって、花火はそれぞれの心に様々な形や美しさで咲き、
永遠に残り続けるんだなと。
「鎮魂の花火」その本当の意味を感じた瞬間でした。
これは、言葉ではうまく言い表せない感覚です。


花火が終わり、あたりが真っ暗になると
いつの間にか、基礎だけが残る家々に1つずつ
色とりどりのランプの光りが灯っていました。
1つ1つの家・家族を大切に思う心が伝わってくる光景でした。


私は一生、あの花火の美しさと3.11のことを
忘れてはならないし、絶対に忘れないと思います。


*****************************************


花火が終わった後、ビールとポップコーンを配っていると
遺族の方々がそれらをもらいにやってきました。
目が真っ赤でしたし、少し無理をしているようにも見えましたが、
すでに笑顔に戻り、冗談を交えつつも
何人もの人が何度も「ありがとう」と言ってくださいました。

自分がとっても辛く悲しい時に、他人を気遣える、ありがとうと言える。
それはとても力がいるし、すごいこと。そして、
被災者の方々が、懸命に上を向いて歩いている証。
前回こんな記事を書きましたが、津波と原発という複数の苦難の中でも
とっくに自立し歩いている方々はたくさんいます。
それをきちんと心に刻まなければならないし
他の人にも知って欲しいと思い、今回この記事を書きました。


そして、私はそんな人々の力に少しでもなりたい。
強く、優しい人びとのそばにいたいから。

毎回思います。感謝したいのは私の方だなと。
初めてボランティアに来た時から感じていた。
私たちは何かを一方的にしてあげてる立場では絶対にないなと。


私にきっかけをくれたあの一枚の写真、南相馬まで連れて来てくれた友人
カンパに手をあげてくれた友人、地元ボランティアの方々、
今回の企画者さん、被災者の方々。
みんな、つながっている。

少しでもいいから、これから支援という形で
優しさとありがとうを返し続けたいです。



※その時一緒に活動したtanさんもこの日のことを
書かれています。ぜひ読んでみてください。→ 138発の花火

南相馬グッズ
2回目の南相馬の時に、お祭りで買った缶バッチとシール。
「ARIGATO」を合言葉に、地元の方々も日々、動いています。
南相馬の町中では、いたるところに自衛隊やボランティアに対する
「ありがとう」の横断幕が飾られています。南相馬の方々の温かい心がうかがえます。
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コメント

  1. りょうこ | URL | -

    ことばにするのは難解ですが、
    「 立派なことをする 」 のに目を向けることとは
    違う気がしています。
    そこには評価とか悦とか、自意識が見え隠れして、
    なんだか違ってくるような気がするんです。
    立っていない私が見たものだけでものを言うのも、
    これまた足りないのだとは思うんですが、
    今思ってるのは、こういう時だからか、
    シンプルなことばや行動のやりとりが、すごく真の
    ところをむき出しにしているな・・ってことです。
    またまたぼんやりで・・すみません。

  2. 星の子 | URL | -

    りょうこさんへ

    こんにちは。いつもながーーい記事を読んでくださって
    ありがとうございます★そのことに、まずは感謝です。

    それから、ごめんなさい!もしかしたら、
    理解力がないせいで、りょうこさんのコメントを間違えて解釈して
    コメントしていたりする可能性があります。
    その場合は、どうぞ許して下さいm(。。)m

    私の個人的な考えなのですが、
    人の行動はすべて、突き詰めれば「自分のため」だと思っています。
    私もそうです。南相馬に行くのは、南相馬が好きだから。
    南相馬の人と一緒にいたいから。
    そんな南相馬を支援したい。これは誰かにお願いされたことではない。
    私が勝手にしていること。つまり、自分のためですね。


    だから、例えば他人が「立派なこと」と思うことをしている人でも
    動機は自分本位な可能性は大いにあると思います。
    もちろん、評価や悦が理由ということもあると思う。

    でも、今回気づいたのは、それらが動機だとしても
    「その土地を好き」という気持ちは皆同じということです。
    そもそも、原発の近くに来ている時点で、
    好きでもないのに、リスクをおかしてまで継続して来る人はきっと少ない。
    悦や評価のためだけならば、原発の被害が少ない土地への支援でもいいわけなので。

    なので、私は動機はなんでもいいと思っています。
    問題は、今、どういう気持ちでいられるか。しっかりと今を見つめられるか。
    ただ、被災者の気持ちを無視してまで、悦や自意識が見え隠れするような
    記事は書きたくないなとは思います。

    だから、今回のりょうこさんの受け取り方は凄く嬉しいですよ^^
    誰かを傷つけてまで伝えることはないと、そう思っているので。
    でも、私だって自分がした行為をアピールしたい時はあります。
    人間なので、正直、そういう気持ちは悲しいけどあります(TT)
    それがもし上回るような記事を書いた時は、その時は消したいと思います。

    今回の記事は、心から、人と人の奇跡的なつながり
    被災者の方の強さと温かさ
    そして花火の美しさを書きたくて率直に書きました。
    少しでも伝わっていたら嬉しいなあ。と思います。

    ああ・・・こういう長いレスは自己満になりそうなので
    気持ち悪いですね。ごめんなさい・・・うわあ。気持ち悪いは私!
    (深夜につき少し壊れ気味ですみません^^:)

  3. さとうきび | URL | -

    電車で読んでたら、周りに人がいるのに涙がポロポロ落ちてきました。

  4. りょうこ | URL | -

    こちらこそ、いつもぼやかした書き方をするので...(((;´ω`)
    というのも、私の感覚をなんとなくでも同じような感覚で
    つかまえて下さる方でないと、不安だったので(気が弱いもんで^^;)
    、でもそれがかえって今では傲慢だったかもと思ったりしています。。
    星の子さんなら、私の思おうとしていること、言わんとしていること
    を解釈して下さるのでは・・という私自身の勝手な甘えですね。
    ごめんなさい。

    前回のコメント、書かんとしてた感覚をとらえて下さってありがとうございます。
    今回のコメントは、上に書いたようなことを続けたせいで、結果“雑”に
    なってしまったことをお詫びして、少し補足させていただこうかなと思いました。

    「 立派なことをする 」のに目を向けることは違う気がする、という発言は、
    (解ってくださっているような気はしてるのですが)ここに書かれている花火
    のことをさして言っているわけではなく、
    パフォーマンスが派手な売名行為的なことの一角のみに注目ばかりがいくのには、
    何となく嫌悪感がある、という率直な個人としての感覚を言いました。
    (なぜこのタイミングでそのことを思ったのかは自分でもわかりません)
    まず、なにが派手でなにが地味か・・というカテゴリーにわけずとも、そこでは
    色んなことが人と人の手で粛々と取り行われている毎日が続いている現実に、
    目が向けられれば、頭に浮かべていられれば、というようなことが言いたかった
    のです。
    でも、星の子さんの言われるように、やっぱり動機はなんであれ、行動している
    方があっての前進があるのは確かだし、そういう宣伝というか呼びかけがあるから
    小さな活動から大きなものまで波及するというのも事実だとわかってはいます。
    なので、動機はなんであっても、リスクや負担をかけて行動している人に対し、
    私はもちろん批判や批評をするなんて、それこそ非難されてしかるべき行為
    だと思っています。
    ただ、悦に嫌悪感を持つ一方で、人間の行動はすべて“欲”からきているものだ
    と私は思っているので、苦しいことばかりで人は生きられない、身を挺した
    善意の裏側にも私欲はある、という思いを持っているのも私です。
    なんでしょうね・・“表向きだけ”というのがキライなのかも。
    そういうことがあって、一度も現地に立ってはいない自分に負い目がある分、
    あれがこれがと書くことにためらいがあり、ぼやかした書き方をしてしまいました。

    と書いていて、言い訳みたいになるのもよくないので、
    もしよければ、これからも今までどおり読ませていただいて、
    その中で、考えられることをまた書かせていただいてもいいでしょうか?

  5. 星の子 | URL | -

    さとうきびちゃんへ

    コメントありがとう!
    そして読んでくれてありがとう。
    さとうきびちゃんはいつも、私が伝えたいコトを
    きちんと受け取ってくれるから嬉しい。

  6. 星の子 | URL | -

    りょうこさんへ

    お久しぶりです。大変返信が遅くなりましてすみません!
    タイミング的に、もしかしたら私が更新をとめたことに対して
    気にされているかもしれませんね…。本当に申し訳ありません。

    実は、更新が止まり始めた頃、震災や支援に関して色々と考え過ぎて頭が混乱していたのと
    単にこの3カ月近く、めちゃめちゃ忙しかったというのがあります^^;
    (おそらく、これからその言いわけみたいな記事を書くとおもいます・笑)
    前者の理由は、2週間くらいでしょうか。そのあと、忙しくなってしまい、
    「更新しなきゃ~」と思いつつも、再開するタイミングがつかめずにいました。
    再開が遅れれば遅れるほど、コメントしてくださっている方々にレスをしていないことに
    罪悪感を感じ…しかしながら一度止まってしまった更新を再開するだけのパワーがありませんでした。

    もしも、レスがないことを気にされていたら申し訳ありません。
    私なりに、たくさん考えた末、今は「私なりの」1つの結論というか柱ができて
    スッキリと元気にやっております^^

    さて、いただいたコメントですが、
    色々と配慮のあるコメントありがとうございます!
    もちろん、前半の文含め、言わんとしていることを解釈しているつもりであります^^
    大丈夫です。心ある文章か、そうでないかは読めば不思議とわかります。

    書き始めると長くなるので、ひとつひとつの文章にレスはできないのですが
    (機会があれば、直接メッセージいたします^^)
    「欲」に関しては、私もそう思います。私も、行動はすべて「自分のため」だと思っています。
    よく「○○してあげたい」という言葉がありますが、まさしくそれだと思います。
    「してあげたい」という言葉は、一見相手のためのようですが「~たい」つまり「~したい」
    が含まれている言葉です。相手のためのようで、自分がしたいことなんですよね。
    私も、なぜ被災地にいくかと問われれば「私が勝手に行きたいから」「その土地が好きだから」
    「その土地の人に会いたいから」と答えます。
    全部、私の欲です。でも、それでいいと思ってます。
    例えば「注目をあびたい」であっても。
    周りの目を気にしすぎない事、意地をはらずに、自分の欲を自然に受け入れること。
    欲が多い自分を、責めない事。
    そうしてみたら、なんどかすべての行動はとってもシンプルで
    自然なんだなあと思うようになりました。
    色々と、難しく考えすぎてたのかもしれません。

    ただ、私の中で出した答えとしてそれはあくまで
    「人を傷つけない事」を前提にしています。
    「注目をあびたい」はもしかしたら、りょうこさんが感じたような理由で
    誰か…例えば被災地の人を傷つけるかも。
    その可能性があればすべきではないと、そういう基準で(あくまで私は)行動したいと思います。
    喜ぶ人がいるならば、したい。問題は、周りの目ではなく
    支援を受け取る側がどう思うかだと思うのです。

    と、なんかの怪しい新興宗教のような解説になってしまいました!^^;
    ですが、たぶん私はいたって普通のアラサーです(笑)
    正しいわけでもなんでもないので、ここまでの文はサラッと流してやってください★


    > 星の子さんなら、私の思おうとしていること、言わんとしていること
    > を解釈して下さるのでは・・という私自身の勝手な甘えですね。

    いいえ!むしろ嬉しいです。ありがとうございます。


    > もしよければ、これからも今までどおり読ませていただいて、
    > その中で、考えられることをまた書かせていただいてもいいでしょうか?

    もちろんです!よろしくお願いします!


    結局長くなりました。ではでは。

  7. 星の子 | URL | -

    りょうこさんへ 補足

    すみません・・・よくよく見たら
    3か月前にも同じようなこと書いてますね(笑)
    重複してる~~^^;

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