--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

8月8日の3月11日

2011年08月13日 02:58

Signの夜

前回の記事から、結構間があいてしまいました。
書こうと思っても、書くことは色んな意味で容易ではないなと思いました。
被災者ではない私が何を書いても軽い感じがするし
見たことを記録するということは、その事実や土地に対しての発言に
責任を持つということ。なんだかそれはとても怖いのです。
これは、荒れた被災地にカメラを向ける感覚と少し、似ている気がします。


そんな中、安田菜津紀さん含む6人の写真家の写真展
「Sign-写真家たちの311-」を見に行ってきました。
この写真展がまた、新たな衝撃と発見、そして
出会いをくれたように思います。


一番印象に残ったのは、渋谷敦志さんの写真と言葉です。
この方は、被災地にカメラを向けている間
ずっとその行為に対して迷いを感じていたそうです。
「これが何になるのか」と。
(それと近いことを、この記事にも書かれていました→渋谷敦志さんのブログへ


たしかに、私も最近まで報道写真に対して
「できる限り悲惨な写真を撮ることが目的?」とか
「カメラを向けることに心は痛まないの?」と疑問に感じていました。
(この辺のことは、また後日書きたいです)
だから、この事を知った時、なんだかホッとしたのと同時に涙が出ました。
迷いながら撮り続ける。それはきっと、とてもとてもツライ行為だと思うから。


でも、渋谷さんは迷いながらも、シャッターを切り続けたそうです。
苦しみながらも、向き合うことを続けたのだと思います。
そして撮った写真たちは、今、私の心の中に強く刻まれています。


今日、南相馬で出会った友人が迷いを口にした私に言いました。
「役に立ちたいという気持ちが役に立たないわけないよ」と。


これは私の勝手な印象ですが、渋谷さんの写真には、
迷いという名の優しさと、向き合うという名の愛が詰まっているような気がします。
それは、きっと写真を撮られる側にも見る側に伝わっていると私は思います。
その証拠に、渋谷さんが撮影された被災地の方々の表情は
どんな悲惨な一面の瓦礫写真よりも、何よりも
今回の震災を忘れてはいけない、日本を大事にしたい。
そういう気持ちにさせるような表情だったからです。


被災地の報道写真を見てはじめて、悲しい涙だけじゃない
不思議な涙が流れました。受け取ったのは、
絶望の次にくる希望と、あたたかい何か。
報道写真の、また別の顔を見た気がします。
(ちなみに、HPにある外国の写真も不思議なキラメキに包まれた写真ばかりです)
きっと、同じ1つの事実を伝えるのにも、カメラマンの人数だけ
想いや表現があるのだと思います。
今回、それを知れて本当によかった。


6人の写真家さんたちのように
誰かに影響を与えることはできないかもしれないけれど
思考し続けるために、逃げないためにも
自問自答しながらも感じていることすべて
少しずつ記したいと改めて思いました。



●撮影場所・新宿東口駅前 写真展の帰り道 色々な思いが渦巻く中撮った1枚
おかしい・・・今日は被災地入りした日のことを書こうと思ったのに
思いに任せて書いたら止まらなくて結局今回も書けなかった・・・。
ここまで葛藤しかしてない。若干気持ち悪い。次こそ書きます。なんかぐわわわー。
関連記事
スポンサーサイト


コメント

  1. アルフォンス | URL | -

    読んだ

    すごい。

    私もなんだか思いを書き始めるとダメになりそうだから、とりあえずそれだけ。

  2. 星の子 | URL | -

    アルフォンスへ

    読んでくれただけでもありがたい。
    また近々、ご飯食べながらでもぜひ、話そう。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://doncame.blog57.fc2.com/tb.php/68-94a0a1e8
この記事へのトラックバック


最新記事


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。