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福島県・南相馬へ1 ■きっかけは出会いとWhy

2011年08月03日 08:05

※すごく長いです。感情を吐露しているのでもしかしたら不快に感じることがあるかもしれません。ごめんなさい。
でも、真ん中と最後だけでも読んでいただければ嬉しいです。


自分で言うのもなんだけれど、私はけしてボランティア精神のある人間ではない。
震災当初すぐに「被災地のために今すぐ何かしなければ!」とは思っていなかったし
繰り返しTVで流れる悲惨な光景にただ呆然とするだけで、現実味さえなかった。

震災当日の3.11は、会社の机で仕事をしていて
その後もずっと、変わらず机で仕事をする毎日。
比較的すぐにしたことは、小額の募金と少しの支援物資発送くらい。

その後、続々と被災地にボランティアに向かう周りの人々を見て
私はなぜかイライラを募らせるようになった。
もっと言ってしまうと、ボランティアから帰ってきた人たちの
いくつものレポを見ては「こんなにもやっているという自己満アピール?」
「他人のためにそこまでできる理由は何なんだろう?」
と、ひどいことを考えたことさえある。
途中からは読みたくなくて、目をそむけてさえいた。
私にはそのイラだちが、なぜなのかわからなかった。

それでも私の気持ちを無視するようにどんどん流れ込む
津波、原発などの数々の被害報告。デマを含むたくさんの情報たち。

疲れ果てた私は震災に関して、思考と感情を停止することに努め始めた。


********************************************


おばちゃん家 チャリティーバラ


そんな中、転機は6月の100人100旅東北チャリティー写真展だった。
私はスタッフではなかったけど、その日は暇だったし
自分の写真も展示されているということで、会場のある下北沢へ足を運んでみた。

会場についた時は、たまたまトークイベントがスタートしたところだった。
特にタイムスケジュールをチェックしていたわけではないので
なんのお話なのかも、誰が話していたのかもよくわからなかったが
スタッフにすすめられるまま、私も席についた。

その時にトークをしていたのが、
先日の告知でも書いた安田菜津紀さんだったのだ。

彼女はフォトジャーナリストになったきっかけである
家族の死と、カンボジアの子供たちとの出会いについて話たあと、
義理の両親の住んでいた岩手県・陸前高田市の話をし始めた。
私はその頃、陸前高田の被害についてほとんど知らなかったけれど、
ここもかなりの津波の被害を受けた場所だということをその時に初めて知った。

日本百景の1つでもある高田松原が
1本の松を残して全て津波に飲みこまれてしまったこと。
津波で飲みこまれた学校と
目の前で親を失った多くの子供たちのこと。

その話を聞いている時、自分でも信じられないくらい涙が出てきた。
それまで一種の自己防衛本能のように停止しようとしていた思考と感情が、
決壊したダムのように流れ出るのがわかった。

被災地のために何もすることができなくても、思考や感情を停止しちゃダメだ。
この時、そう感じた。


(お話の一部を安田さんはブログにも書かれています
希望の松、陸前高田にて →陸前高田で出会った子供たち

トークショー案内 東北写真たち


安田さんはその時に、あるボランティアに関するお話もされていた。
それは「洗浄カメラマンプロジェクト」だった。
簡単に言うと、津波で流されたおうちのアルバムを回収後
きれいに洗浄し、展示して元の持ち主に返すというものだ。
(こちらの記事にも書かれています→”洗浄カメラマン”プロジェクト・イベントのお知らせ

この話を聞いて、「この作業をしに行きたい」という気持ちが芽生えた。
それは、今考えたらカメラ好きとしての「洗浄に対する興味」という
すこし不純な動機だったかもしれない。
それでも、冒頭のようなふてくされた私にしては、びっくりするような気持ちの変化だった。


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しかし、いつ行こうかと考えながらも1人では何もできない私がいた。
仕事が日曜・月曜休みでなかなか行く目途も立たず……。
(今考えたら、行く勇気が出ず色々自分に言いわけをしていたのかもしれない)
ただひたすら無力で、ニュースを見たら泣くだけの毎日だった。
今度は被災地に足を運べない自分にイライラして
やはりみんなのボランティア報告を素直に見ることはできなかった。

そしてとうとう安田さんのお話を聞いてから1ヶ月が経ったある日。
以前にこの記事でも書いた、イエメンで出会ったOさんからのボランティアのお誘いがあったのだ。
いただいたお誘いのメッセージを見ると、ボランティア先は福島県南相馬市だった。
正直言ってしまうと、一瞬、戸惑った。
原発のことがある。南相馬でなくても他にあるんじゃないか?と思った事は否めない。
しかし、さらにスクロールするとこう書いてあったのだ。

「ニーズは思い出の写真の洗浄と側溝の泥出しです」

この瞬間、何か不思議な縁のようなものを感じ
「これは何か私にとってすごく意味のある誘いな気がする」そう思った。
放射能に対する不安がなかったかと言えばそれは嘘になるが
そのよく知らない放射能のことを知るためにも、
それらに困らされている町の現状をこの目で見て知るためにも、
私は行くことを決めた。




■■■今後の記事について■■■

今後書いていく南相馬に関する記事を読んで、
もしかしたら冒頭の私のように「自己満?なぜ?」とイラ立ちを感じる人もいるかもしれない。
もしくは6月以降の私のように
ボランティアに行けないことに無力さを感じる人がいるかもしれない。

そういう人がもしいるならば、
「それだけではなかったよ!そんなことないよ!」と私は言いたい。
なぜなら、私もそれらのモヤモヤを解消したいのもあって
被災地に向かったからだ。


モヤモヤの理由を探しに行ってみよう。
自己満なのかどうなのか確かめに行ってみよう。
原発がよくわからないなら現状を見てみよう。
怖くて不安で仕方ないなら行ってみよう。

結局、根底の動機なんて全て自分本位の「Why?」だったのだ。
もちろん、被災地のために何かしたいという気持ちもあった。
でも、今よりは強くなかった。
これから書くことはあくまで私が感じたこと。私の目線。
私なりに導き出した「Why?」の答えだ。

だから、問題に対する関わり方はや考えは人それぞれあると思う。
けして私の考えが正しいとは限らない。それを前提に読んでもらいたい。
そして、その中から少しでも何か感じとってくれる人がいるなら
私はすごく、嬉しいなと思う。



チャリティーバラ2
最後まで読んでくれた人がいるかわかりませんが、読んでくださった方、ありがとう。
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8月8日の3月11日

2011年08月13日 02:58

Signの夜

前回の記事から、結構間があいてしまいました。
書こうと思っても、書くことは色んな意味で容易ではないなと思いました。
被災者ではない私が何を書いても軽い感じがするし
見たことを記録するということは、その事実や土地に対しての発言に
責任を持つということ。なんだかそれはとても怖いのです。
これは、荒れた被災地にカメラを向ける感覚と少し、似ている気がします。


そんな中、安田菜津紀さん含む6人の写真家の写真展
「Sign-写真家たちの311-」を見に行ってきました。
この写真展がまた、新たな衝撃と発見、そして
出会いをくれたように思います。


一番印象に残ったのは、渋谷敦志さんの写真と言葉です。
この方は、被災地にカメラを向けている間
ずっとその行為に対して迷いを感じていたそうです。
「これが何になるのか」と。
(それと近いことを、この記事にも書かれていました→渋谷敦志さんのブログへ


たしかに、私も最近まで報道写真に対して
「できる限り悲惨な写真を撮ることが目的?」とか
「カメラを向けることに心は痛まないの?」と疑問に感じていました。
(この辺のことは、また後日書きたいです)
だから、この事を知った時、なんだかホッとしたのと同時に涙が出ました。
迷いながら撮り続ける。それはきっと、とてもとてもツライ行為だと思うから。


でも、渋谷さんは迷いながらも、シャッターを切り続けたそうです。
苦しみながらも、向き合うことを続けたのだと思います。
そして撮った写真たちは、今、私の心の中に強く刻まれています。


今日、南相馬で出会った友人が迷いを口にした私に言いました。
「役に立ちたいという気持ちが役に立たないわけないよ」と。


これは私の勝手な印象ですが、渋谷さんの写真には、
迷いという名の優しさと、向き合うという名の愛が詰まっているような気がします。
それは、きっと写真を撮られる側にも見る側に伝わっていると私は思います。
その証拠に、渋谷さんが撮影された被災地の方々の表情は
どんな悲惨な一面の瓦礫写真よりも、何よりも
今回の震災を忘れてはいけない、日本を大事にしたい。
そういう気持ちにさせるような表情だったからです。


被災地の報道写真を見てはじめて、悲しい涙だけじゃない
不思議な涙が流れました。受け取ったのは、
絶望の次にくる希望と、あたたかい何か。
報道写真の、また別の顔を見た気がします。
(ちなみに、HPにある外国の写真も不思議なキラメキに包まれた写真ばかりです)
きっと、同じ1つの事実を伝えるのにも、カメラマンの人数だけ
想いや表現があるのだと思います。
今回、それを知れて本当によかった。


6人の写真家さんたちのように
誰かに影響を与えることはできないかもしれないけれど
思考し続けるために、逃げないためにも
自問自答しながらも感じていることすべて
少しずつ記したいと改めて思いました。



●撮影場所・新宿東口駅前 写真展の帰り道 色々な思いが渦巻く中撮った1枚
おかしい・・・今日は被災地入りした日のことを書こうと思ったのに
思いに任せて書いたら止まらなくて結局今回も書けなかった・・・。
ここまで葛藤しかしてない。若干気持ち悪い。次こそ書きます。なんかぐわわわー。

福島県・南相馬へ2 ■到着後、たった数十分のできごと

2011年08月16日 02:42

震災から4カ月も経過していた7月15日、
私はようやく東北(南相馬)に向けて家を出た。
特別用意したものは、事前にネットで検索した以下のものだ。
(検索したらすぐに情報がたくさんヒットした。情報を流していた方々に感謝)

■汚れても良い服(長袖)■防塵マスク
■ゴム手袋(食器洗い用と作業用)■作業用長靴
■夏用寝袋

※他にもゴーグルがあると望ましいそうだ。

***************************************

三重県から車で来たOさん達に用賀で拾われた後、
5時間半かけ、ついたのは南相馬市、原町にあるボランティアセンター
(以下、VC)だった。

まずはここでボランティア保険に入る。
この加入代金は、VCが支払ってくれるので
私たちは負担する必要はなくまずそれに驚いた。
※追記:現地で加入すると、負担はその地元自治体になるそうです。負担をかけないためにも
本来は住んでいる地域で加入が望ましいそうです。

そしてボランティア登録のための簡単な書類を書いたあと
係員に誘導され、オリエンテーションを受けた。
(場所が足りないのか、外で。青空教室のようだった)

オリエンテーションでは、VCの方が事前にボードに
張り付けられた資料と、配布された資料を使って、
現地での注意事項やお願いごとを説明してくださった。
それを聞くだけでも、被災地が津波や原発などだけでなく
どれだけの細かな問題を抱えているかを知ることができた。
(特にあげるとすると、被災者の自立に関する問題だ。
もう1つあるが、これは次回の記事に書こうと思う)


***************************************

その後、別室に移動しマッチング作業に入る。
その日のニーズが張り出され、ボランティアが割り当てられる。
(作業を選べないVCもある中、ここは空きがあれば自由に選べる)
その後、ニーズごとに参加者の名前が呼ばれ、
グループが形成され、リーダを決め、注意事項を説明され
車を出す人を決める……などといった具合だ。
※各VCによって流れは異なると思います

ここまでの流れのスムーズさに驚いた。
きっと、毎日ここであらゆるボランティアの人を対応している間に
少しずつムダをはぶき、必要な事を足していく作業を繰り返し行う事で
完成していったシステムなのだろう。
冒頭にあげた「必要な道具」にしてもそうだ。
震災直後は、わからないことだらけだったはずだ。
でも、今はそうではない。ボランティアにとって
とても活動しやすい環境だ。
被災地としての、「震災からの月日の流れ」を感じた。

***************************************


さらに、驚いたことはもう1つあった。
各自用意していった道具たち、
それら全てが既に用意されていたのだ。

これには何度も他のVCに入っているOさんも驚いていた。

防塵マスクにゴム手袋、キャップに
ヘルメットにゴーグル、安全長靴、日焼け止め。(この4つは貸出物)
それだけではない。毎日ペットボトルの水や塩飴なども配られるのだ。
※何人かに質問があったので調べたところ、防塵マスクは市の予算で用意しているらしいです。
その他のものははっきりしてませんが、支援物資や差し入れのものもあるようです。

(それらは1列に廊下に並んでいて、1個ずつ順に取って行く形になっている)

また、個人のボランティアの受け入れを断っているVCも多い中、
南相馬のVCは個人の受け入れも行っている。
毎日バラバラでやってくる、たくさんのボランティア初心者を
どの作業をしたいかまで、ちゃんと聞いて対応している。
それを想像するだけでも、現地の苦労の多さに青ざめる。

実は、南相馬は報道の多さと首都圏からの近さのわりには
他のVCと比べると人が集まっていない印象がある。
(調べてみたら、石巻の10分の1程度だった時もあった。)
その大きな理由はおそらく原発だろう。
少ない予算の中でもそれらの対応を継続するのは、ボランティアへの支援を整え
また来てもらおうという熱意のあらわれなのかもしれない。

VCに到着して数十分、この時早くも私は
「してあげる立場」ではなく「してもらっている立場」である感覚を覚えた。
ただ、この感覚は南相馬に滞在すればするほど強まっていった。
今後はその事も、きちんと記していきたい。


■南相馬市生活復興ボランティアセンターホームページはこちら ←写真つき詳しい流れあります
■南相馬市生活復興ボランティアセンターへのブログはこちら ←毎日の活動人数・報告あります

ボラキャップ
ボランティア全員に配られるキャップ。ボランティアに来た時期によって色が微妙に違うらしい。
(理由は謎)私のは「が」の文字が若干プリントに失敗していて、それが逆にまぎれても目印になって良い。
みんな使っているうちに愛着がわいていくようだ。


※オレンジ色の部分、8月16日の22時に追記しました☆

時には動物に癒されたい!!

2011年08月18日 00:59

チョビちゃん1

最近、すっかり真面目なお話ばかり更新してきました。
もちろん、今後も継続して書いていくと思うのですが
発言することに対する責任の重さに
記事を更新する度にメンタルの弱い私は体調を崩しています^^;
そして、そんなダメダメな毎日の中で、たまに思う事。

「時には動物に癒されたい!!」

でも、以前は動物の写真もほとんど撮らないし
見たりもすることなかったんです。
それが震災を機にかわりました。

きっかけはtwitter。
震災から1カ月くらいは(もっとかな?)
twitter上では殺伐とした感じが続いていて
くだらないことやはしゃいだことは
なんとなくつぶやけない雰囲気が続いていたように思います。


そんな中、時々流れてくるとある方のツイートが……

とにかく動物写真だらけ!

しかも、めちゃくちゃ可愛い動物たちの写真。
重苦しいニュースばかりが流れる中、
それらの写真はとっても癒やしになりました。
その時に、可愛らしい動物写真の素晴らしさに気づいたのです。(遅い)
そして、動物の写真を撮ろう!と思い始めました。(やっと)

てなわけで、今日はこのブログ史上初?と言ってもいい
可愛い動物写真を掲載します。
これは、長く真面目な文章をいつも読んでくれてる方に、
そしてメンタルの弱い自分に捧げる写真です^^
(すでに前フリがありえないほど長い)


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チョビちゃん3

8月15日。
先日、この100旅イベントで初めてお会いした
フォトジャーナリストの久保田弘信さんの写真展準備のお手伝いのために
おうちにお邪魔してきました。
するといました!久保田さんの愛娘チョビちゃん!


チョビちゃん4

この日はかなり暑い日で、渋々あがることを許可された
テーブルの上でかなり豪快にゴロゴロ。
ちなみにこのチョビちゃん、会う前から久保田さんのブログで
「噂のネコちゃん」として存在を知っていました。
そのブログの記事というのが、ぜひみなさんにも読んで欲しい。
戦場カメラマン久保田さんと拾われ猫チョビちゃんの運命の出会いのお話。
【運命の出会い、家族。】  【ジャーナリストとネコ。】  【チョビ(ネコ)】
(久保田さんのブログに飛びます)

この記事を読んでいたので、彼女に会えてとても嬉しかった♪


チョビちゃん2

にくきゅうを握ると、もう一方の手でネコパンチされました^^;


チョビちゃん5


よく考えたら、転がっているところしか見ていないような……。


チョビちゃん5

最後はこのショット。なんとなくグラビアっぽい……。
艶めかしい感じがするのは私だけですか?

(そうそう、久保田さんがこちらにその日のことを書いてくれました★)


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ちなみに、もう1つ「動物の写真」に惹かれ始めたエピソードをあげるとすると
今年の「世界報道写真展2011」です。
いくつもの辛い現実の写真の後に見た
「自然の部」入賞の北海道の白鳥を撮った組写真。
それまで落ち込んでいたのが、まるで心に風が吹き込んだようでした。
自然と動物の癒やしの力を強く感じました。

もちろん、震災のことは忘れてはならないし、記していきたい。
また、世界各地で起きている、辛い現状に目をつむってはならないと思う。
でも、それらをきちんと考えていくには健康な心あってこそだ。
たまには癒やしを「摂取」しなければならないと私は思う。
そして、それには可愛い動物と美しい自然が不可欠!
と思うのです。


以前、カメラ好きの友人が言いました。

「人を癒せる写真を撮りたい」

と。
私はその時、本当に心からびっくりしました。
私にはなかったスタイルだったからです。
私が写真を撮るのはいつも自分のためで「誰かのため」
なんて考えたことがなかったから。
ここにかいている通り、自己満が私のスタイル)

でも、今ならなんとなく、彼の言ったこともわかります。
昔よりほんの少し、「人を癒やせたらいいな」と
思う事があるからです。
震災のあと、私自身が救われてからそう思うようになりました。
だから、これから色んな写真を撮って行きたい。
心からそう思います。


ハトと久保田さん
【おまけ?】
写真展会場の近くでお昼中、集まってきたハトにすかさずカメラを向ける久保田さん。
人目なんて関係ないご様子。「さすがプロ!」と感心してしまいました。
私も見習いたい!というわけで、「ハトを撮る久保田さん」を
すかさず撮影させていただきました。
はたから見たら完全に変な人達です^^;

で、この日、終戦記念日だったんですよね。
後から気づいたことがあります。そうか、


平和の象徴だ……!!


これからの平和を願って****


●撮影場所・久保田さん家&新宿センタービル
久々に明るい記事を書いたので不安にならずに眠れそうです。
しかし、久保田さん家に単焦点を持って行かなかった事を後悔中。




福島県・南相馬へ3 ■これからの支援のカタチ

2011年08月22日 03:26

本当はCVのオリエンテーションで聞いた、「写真撮影」について書こうと思ったのだけれど
今日はこの記事↓を受けて、今後の支援の仕方に関しても考えを記そうと思う。

【ボランティアが被災者の自立を阻害する?!~震災5ヵ月後のボランティアのあり方を問う】
http://kasakoblog.exblog.jp/15291070/

前回の記事を書いた後、何人かの友人やブログを見てくださってる方に
ある同じ質問をされた。それは

「ボランティアへの物資などは何のお金から出てるんですか?」

というのものだ。
正直、ギクリとした。そんなことまったく知らないし、
その上、実は私も同じことを考えたことがあったから。
つまり、疑問に思いながらも流していたわけで……。

私はいたれりつくせりなCVに感動しながらも、心の中で思っていたことがある。
「もっと他にお金を回さなければならない所があるんじゃないかな?」
ってこと。でも、それは考えてはならない事のような気がして
私はすぐに頭からその考えを追いやった。

が、結局友人たちに改めて突きつけられたわけだ。(感謝!)

というわけでネットでわかる限り色々調べてみた。
その結果、補足したのが前回の記事のオレンジ色の部分。
簡単に言うと、お金は自治体の予算から出ているものだった。
私たちは南相馬市の貴重なお金を使っていただいていたのだ。
考えなくてもわかることかもしれないけれど、私はそのことについて意識してなかった。
与えられるもの、どんなものだって当たり前じゃないのにね。

予算をそれらにあてることは、市が決めたこと。
市がボランティアにお金をかけることを「復興の近道」と考えた結果だろう。
だから、それを否定するわけではないけれど、
今後はちゃんと貴重なお金を使ってもらっているということ、
意識しなければならないと思った。そして、もっと本当に役に立ちたい。




そんなことを考えていた矢先、冒頭のリンクの記事を読んだのだ。
「ボランティアが被災者の仕事を奪っているかもしれない」という意見。
必ずしもそうだとは私は思わない。でも自立支援は意識しなければならないし
以前から、どこかで私もひっかかっていたことのような気もする。
(あとから噴出する問題は、大抵それより以前に少しひっかかりを感じているものなんだな)

まるでその伏線だったかのような出来ごと1つ目は
CVでのオリエンテーション。スタッフの方は被災者の方の
「自立支援をしてください」と言っていた。
「長い間避難所にいて、自立した生活が難しい人もいる」
「○○をしてくれと言われても、無理なら断ることも支援」
と。今考えれば、その意味をちゃんと考えていなかったな。

2つ目は街で駐車場が満車のパチンコ店。
どこのお店の駐車場もガラガラなのに、パチンコ店だけは大繁盛だった。
もうずっと南相馬にいる人が言っていた。
「国からお金が入るから、自ら仕事をやめ、パチンコする人もいるんだ」
衝撃的だった。しかも上記のブログの内容とはむしろ逆だ。
(もちろん、そんな人は一部だし、これを読んだことで市の印象を悪くしないで欲しい。
そんな人たちを非難したりできない。それだけの状況と進んでない自立支援があるんだろう)

こんな風に、TVにも出ない、上記のブログの問題だけではない
地域によって異なった様々な問題があるのだろう。
ボランティアが仕事を奪っている事実も存在していれば
ボランティアを必要としている事実もある。(これはまた別の記事に書きたい)
解決策も、その分1つじゃない。きっと、すべてに適応できる正解なんてない。
だからこそ、事態は深刻で複雑なんだと思う。
これから、色んな事実を受け止めながら、自分自身で取るべき行動を見極めなければならない。
(だから、上記のブログだけを受け止めて、ボランティアに行こうと思ってた人がこぞって
「行くのやめよう」となるのは怖いことなんじゃないかな)

でも1つ、今回の2つの件を受けて、確実に思ったことがある。
9月11日で震災から半年。きっと日本は新たなターニングポイントにきているんだと思う。
直接的な物資の支援などから、自立支援や孤独感を持つ人に対する心のケアへ。
これからの支援の仕方、これからの被災者の歩みかたを真剣に考えなければならない。
正直怖い。これ書いている間だって、これが何になるのかもわからないし
下手したら誰かを傷つけるかもしれない。気づかなかった事がいくつもあった
のと同じように、また何かを見過ごしているかもしれない。

でも、だからって思考することを止めてはならないと思うし、忘れてはいけないと思う。
私なりの考えと答えで支援は続けていく。自分が見た事実と、私なりに出した答えを信じて。
ボランティアを支援してくれる市や町の人に感謝を忘れずに。
たぶん、これらの記事はそんな自分の意思をまとめるためと、
忘れないための備忘録なのかもしれない。

とりあえず来週末、これまでよりもっとしっかり考えて活動してきたいと思います。


地酒
写真ブログなのに写真がないのはアレなので、以前iPhoneで撮った写真を載せていくことに。
こちらは、南相馬のスーパーで購入。1本で380円が義援金になるそうです。
楽天でも通販しているみたいなので、興味がある方はこちらへ。

地サゲ2
猪苗代湖ズ・純米吟醸酒720ml(期間限定品)


実は私、焼酎と日本酒飲めないんですけどね^^;
こちらはおうちへのお土産にしました☆



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