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台湾の瞳1

2011年06月07日 01:50

雑踏で振り向く



台湾では、


ある場所を訪れたのを境に動物の写真ばかりになった。


その場所の動物の瞳は、なぜか私を強く惹き付けた。


それはけして愛らしいものとは言えなかった。


どこか寂しげで、時には撮影に強い罪悪感をともなった。




「撮ったからなんだというんだ。

寂しげでしょう?って、誰かに見せたからって

意味はない。

彼らにとって、意味はなさない。

ただ自分が「撮った!」と思うだけ」




自己満で感情的な写真は、自分が普段とっているスタイルだけど、


相手がいる場合の自己満足はなんだか吐き気がする。


一方的で、遠く距離を感じる。スタイルを貫き通すのに後ろめたさを感じる。


だから人間をふくめ、生き物の写真を撮るのは苦手なんだ。


何か意思を感じる瞳であればあるほど。





生き物の写真は、自らのメッセージ性がない方がいい。


その生き物を見せ物にすることで、自分の感情を伝えるという行為に


私はひどく虚しくなってしまう。



かわいい猫
(だからこういう↑可愛い猫とか、記念撮影とか
自分の独自のメッセージ性を挟まない生き物そのものの写真を見るのは好きだ)




なのに、ここの動物たちの写真を撮りたい、


なぜかそう思った。


撮ってしまう、しまった。なぜ?




まっすぐに見る


耳をすませて




その場所は、九ふん。

赤い華やかないくつもの提灯に、

美味しそうな食べ物の匂いが充満する

にぎやかな観光地。





その路地の顔。


影の潜む場所。




路地裏で振り向く




九ふんの記憶の底には罪悪感がつまっている。


その上ブログに載せてしまう。見せ物にしてしまう。


また罪悪感が深くなる。


そうして台湾の記憶も深くなる。


旅の中の記憶で、忘れたくないものがいくつかある。


動物の瞳はその一つだ。





路地裏で振り向く2




私は今も毎日のように


彼らを撮った意味について、考える。




●撮影場所・台湾 九ふん
それでも彼らがいるこの場所が好きだ。
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台湾の瞳2

2011年06月11日 23:22

視線の先には2

九ふんの裏路地、

すごくきれいで惹きつけられた猫の瞳

やわらかな姿勢。

その場所だけ、特に清らかに感じた





視線の先に何があったのかはわからない。



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台湾の瞳3

2011年06月13日 00:36

雨の中で





雨の中で2





雨の中で3



赤い提灯よりも何よりも


鮮やかな白が目について。




●撮影場所・台湾 九ふん
珍しくモノクロ。モノクロにすると彼の白さが際立ったので、自分の中に残る映像に近かった。

台湾の瞳4

2011年06月14日 00:54

視線の先には

ねこが走り去ってから
少しして振り向く瞬間を待つのが好きだ。


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